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●JR東海、残土埋め立て計画を撤回

リニア関係者には知れ渡っていることですが、2016年6月8日、長野県豊丘村の小園(おぞの)地区の沢筋である「源道地」をリニア工事からの残土埋め立候補地と計画していたJR東海は、計画の撤回を表明しました。

 撤回に至るには小園地区の住民運動があったのですが、それを主導したのは村でも村議会でもなく、住民自身です。

 単に説明会で懸念を表明するだけではなく、日常の生活において行動することでJR東海にして軌道修正をさせたのです。

 時系列で説明しましょう。

 村は県に対して、『本山』『戸中』『道源地』の3カ所を、リニア工事から排出される残土処分の候補地として報告していますが、前者の二つはいわば無人の土地であることから(地権者はいる)候補に挙がったようです。そして源道地については、人口約560人という小園地区の住民が知らぬ間に候補地になっていました。

 それは、小園地区の上流にある伴野原(とものはら)自治会(世帯数10数軒)が、2013年9月26日、村に対して『源道地」にある二つの沢を埋め立てるよう「リニアトンネル残土を利用した災害防止策等のお願い」と題した要請文を村に提出したからです。

 その内容を簡単に書けば、伴野原は谷が多く、大雨などで土砂災害が起きた場合、谷の近くに立つ家屋の安全ではないこと、谷間に有害獣が生息しやすく農業被害が相次いでいるので、残土を利用して谷を埋めて平地を作り出したい…といったものです。

伴野原自治会の要請 ←伴野原自治会の要請書

小園埋め立て予定地地図 小園航空写真 ←小園地区の地図と航空写真。地図の黒い太枠が埋め立て候補地だった。航空写真のボールペンの上の赤枠も同じ領域を示している。候補地のすぐ脇が伴野原。候補地の下流が小園地区。青い線が川。右を盾に貫く黄色い線はリニアルート。


 それにしてもタイミングとしてはとても早い。
 JR東海の環境影響評価準備書が公開されたのは2013年9月18日。これで大雑把なリニア通過ルートは明らかになりましたが、その1週間後にはもう上記要請文の提出。準備書の公表直後から地域の幹部が集まり文案を練ったのだと思います。それだけに、これはけっこう切実な問題と捉えることもできますが、個人的には、谷を埋めたとしても、山を何とかしない限りは災害時の被害は防げないし、平地になったとしても有害獣の往来は変わらないと思います。


●はじめは質問もできなかった住民

 ともあれ、小園の住民が、源道地が残土捨て場候補になっているのを知るのは2015年6月3日。この日の18時半から、JR東海が残土埋め立てについての地区説明会を開催。
 2つの沢のうちの一つ、牛革川には40万立米、もう一つの南之沢には25万立米の残土を埋めたいという説明でした。

 これを聞いたとき、住民の大沢俊郎さん(75)も原道治さん(79)も含め、集まった40人余の住民からは特に反対意見は上がりませんでした。というのは

「説明内容が大雑把でよく理解できず、質問するにも至らなかった」(大沢さん)からです。

 しかし、どちらの沢も竹藪などで荒れているので「治山効果はあるのかな」とは思ったようです。

牛革沢 ←牛革川。といっても、竹藪で荒れていて川までたどり着けない。それでも保安林指定を受けている。青いシャツが大沢さん。

 その住民になぜ埋め立て反対の火が付いたのか。これには様々な要因があります。

 一つは、大沢さんが高校2年生の時に、母親を土砂崩れで亡くしていたことから、以来、土砂崩れなどの天災にはいつも敏感に構えていたことです。そこで住宅街から最短距離で100メートルの場所の沢を残土で埋めて積み上げれば、大雨や洪水で、残土が集落を襲うのではないかとの不安も覚えていました。そこで、大沢さんたち住民は山梨県のリニア実験線周辺での残土捨て場を見学したり、防災の権威、京都大学防災研究所のデータをもとに勉強を始めます。
 また、地区の某建設業者も「あそこに残土を置くのは、土木工学上、絶対によくない。頭の上に金魚鉢を載せて歩くようなものです。絶対にダメです」と住民に説明していたことも理解の材料になりました。

合流地点 ← 二つの沢に残土が埋め立てられ、積み上げられ、いざ崩壊すると、これら川を下って膨大な土砂が集落を襲うことになる。

 そして2016年1月18日。JR東海が具体的な図面をもってきての再度の説明会を開催。ここで初めて大沢さんは質問をしますが、他の住民からも賛成意見は一つも上がらず、JR東海からは要を得た回答がないことから、住民は「これは安全ではない」と確信するに至ります。

 翌月の2月末。リニア計画に反対する一部住民グループが残土の危険性を訴えるビラを戸別配布します。

「あれで火が付いた。なんとかせにゃと」(大沢さん)

 さらに住民感情を逆なでさせたのが、翌3月14日。
 村議会で、吉川明博議員が村長に対して「埋め立てに反対している(伴野原の)住民がいる」と問いただしたところ、村長は「リニア計画に反対するために、後付けで残土埋め立てに反対しているだけ」と答弁。ところが、村では村議会が有線放送でライフ放送されているため、当然、小園の住民もこの放送を聞いてカチンと来たわけです。


●残土埋め立て反対の署名始まる

  4月12日。リニアに反対する住民グループは、伊那谷の地形に詳しい桂川雅彦さんを講師に招いての勉強会を開催。約50人の住民が参加し(うち小園からは29人)残土で沢を埋め立て、積み上げることの危険性を徐々に理解することになります。
  そして、勉強会のあと、今回の件での最大問題は「村が、自分たちに断りもなく県に報告をしたことに尽きる」と判断した住民は「なんとかせにゃ。でも何をやる?」と大沢さんを中心に相談に入ります。

「これは取り下げてもらうしかない」
「では、署名をやるか?」
「そうはいっても、いきなり今日からはできない。明後日、また集まろう」

 と4月14日に小園住民が9人、加えて近くの団地から数人が参加。

 ここで打ち出された方向性は以下の通りです。

「リニア反対派との方向性は同じだが、住民のなかには反対派へのアレルギーもある。『反対』という言葉が運動に入ってしまうと、逆に村長も構えてしまい、問題の解決には至らない。今回はあくまでも、源道地を残土で埋める候補地から外してもらう運動にしよう」

小園反対署名


 こうして、小園では「リニア残土NO!小園の会」(原さんが会長。小沢さんが事務局長)を発足し、候補地取り下げを村に求める署名活動を開始します。
 これは戦略でもあるのですが、じつは、大沢さんにしても原さんにしても、「一度は走るのを見てみたい」(大沢さん)、「私は一度は乗りたい」(原さん)と言うように、本当にリニア計画そのものを否定していません。
 小園の会の運動は、あくまでも、残土埋め立てだけに焦点を絞ったものでした。

 小園地区は地区が22の隣組合に分かれていますが、9人はそれぞれ手分けして隣組合の一軒一軒を回り、4月下旬までに、全住民の約7割に当たる391人(129世帯)が署名をします。
 この署名を後押ししたのは、いみじくも、署名活動を始めると決めた4月14日に熊本県で起きた熊本地震です。あの地震で大規模な土砂崩れが発生し甚大な被害を生み出したことは「対岸の火事ではないんだと、追い風になりました」(原さん)

 また、4月27日には、JR東海の職員が大沢さん宅を訪れ、沢での調査立ち入りを求めたが、大沢さんはこれを断ったことで、JR東海も住民側の意思を知ることになります。

 しかし、その署名を提出しても、さらには「小園の会」が村長と総務課長とで非公式に2回会合をもっても、村長の「取り下げはしない」との意思が変わりませんでした。

●撤回なる

「これではラチがあかん」
 
 「小園の会」が次に実行したのが、5月31日、村議会に対して「リニア中央新幹線トンネル工事発生土処分候補地の報告取り下げを求める請願書」を提出したことです。

小園取り下げ請願書

 この請願書は、まず6月13日、村の議会の一委員会である「リニア特別委員会」(といっても、構成メンバーは全議員の14名)に諮られ、欠席の一人と議長を除いての7対5の賛成多数で採択されました。
 ところが21日の本会議では、6対6の同数となり、議長採決で不採択となりました(これは請願の紹介議員でもあり、13日には賛成した議員が、その後「紹介議員を下ろさせてほしい」と大沢さんに言ってきたことから、大沢さんの「では、それらしい対応を」との要請に応じて採決を退場。さらに、13日に病欠した議員がこの日は出席して反対したため。何かがあったのです)。

 だが、小園地区の住民への朗報はその5日前の6月8日に既に伝わっていました。
 その日、JR東海から村に対して「源道地については、候補地として事業を進めることが困難である」との報告があり、同日、村の調整会議において候補地から外すことを確認していたのです。小園地区の住民の動き、そして伴野原でも埋め立てに同意しない地権者もいたことでの結果と言えましょう。

 それでも、なぜ13日に採決が行われたのか。
 リニア特別委員会では、請願に対しての以下の賛成討論が記録されています。

「請願の発端は、下流の住民に同意の確認なく村が行った県への報告であり、県及び村の対応に対し不透明さを感じる。この請願の目的は、県への(候補地)報告取り下げであり、源道地候補地を埋め立てる計画が白紙になっても目的は達成されておらず、住民の意見が反映されていない」

 つまり13日の採決は、「住民の意見を反映した」との作業をきちんとやったということです。


●運動のポイント

 小園での動きにはいくつかのポイントがあります。

1.署名でリニア計画の是非を問わなかった。あくまでも残土計画への是非だけを争点にした。

2.既存のNPOや市民団体に頼るのではなく、住民主体で運動を進めた。署名だけに頼らず、首長に会うことも厭わなかった。

 これは私が常々思うことですが、リニア計画に反対する市民団体はいくつも存在します。それは主に、地域の枠を超えたNPO的な市民団体です。しかしながら、地域に根差している住民組織ーー自治会や住民グループなどーーに目を向けると、日常生活のなかで『反対』や『異論』を唱える事例はほとんどありません。
 反対意見や異論は、主に、ある意味「公」の場であるJR東海の住民説明会において噴出することはありますが、日常生活の中での住民運動はほとんどないのが実情です。

 これは、異を唱えた瞬間から息苦しさを味わねばならない日本の田舎の特性が大きく作用しますが、他の社会問題(すべてではないにせよ、ダム、高速道路、原発などの計画)と比べても、リニアの場合は地域に根差す住民からの異論は少ないように思います。
 リニア計画での住民の声としてもっとも多いのは「懸念」です。
 これは、「この不安を何とかしてください」といった、条件闘争的なニュアンスを漂わせることもあれば、ほとんど反対に近い意志表明の場合もあり、解釈の幅は相当に広いです。だが、はっきりと「違う」と表明することは、これからも地域社会で皆と足並み崩さぬように生きるためには、なかなかできないことです。

 小園では、それを「残土埋め立て反対」の一点で実現した。これは注目したい。「リニア反対」の運動ならおそらく署名以前に運動が成り立たなかったはずです。

 もっとも、私の狭い経験でも、堂々と異を唱えている住民はいます。

 リニア計画に反対して立ち木トラストを始めた山梨県中央市の内田学さん、同じく、土地トラストを始めた神奈川県相模原市鳥屋の栗原晟さんは、市民団体の協力を得ながら一人の住民としてJR東海と対峙しています。

 また、立ち退きを拒むため、JR東海や自治体からの一切の個別交渉を拒み、窓口を一個人に集約したのは、山梨県富士川町小林地区や山梨県中央市布施第5自治会。

 また、リニアルートの騒音や電磁波の被害を軽減するために、ルートの両側100メートルを緩衝地帯にすべきだと主張しているのが、山梨県南アルプス市の戸田地区、それに隣接する宮沢地区。戸田地区では、JR東海の住民説明会があまりにも杜撰だったことから「この説明会はなかったことにしてほしい」とJR東海に伝え、今に至るも説明会は開催されていません。
 ともあれ、100メートルの緩衝地帯を設置することはそれだけ立ち退き対象家屋が増えることを意味していますが、戸田、宮沢地区は「立ち退きする家族の集団移転」も立ち退きの条件に挙げています。
 これは一見条件闘争に見えますが、この条件をJR東海も収用を担当する県ものむはずがなく、実質的には、近い将来「リニア反対」運動に展開すると予想してます。


●大鹿村でも動く

 ここ最近の事例では、大鹿村が挙げられます。
 大鹿村は、南アルプスのトンネル工事で排出される残土を運ぶダンプなどが一日最大1736台(平準化しても1300台前後)も走るという、静かな環境に住む住民にすればなかなか非現実的な環境に放り込まれることになります。
 だが、大鹿村ではJR東海の住民説明会ではいくつも反対意見や異論が噴出しても、日常生活での反対運動はほとんど見られません。
 一つには、平成の大合併を受け入れるか否かで、賛成・反対を巡って村の雰囲気が悪くなったという経験をしているため、「あの二の舞だけはしたくない」というのが多くの住民の共通感覚のようです。だから、高校生が住民説明会で熱心に訴えた「住民投票」にしても、「気持ちはわかるけど、やれない」と何人もの大人が私に語ったものです。

 また、JR東海は、住民説明会、リニア対策委員会、工事事務所での対応などで総合的に「住民が理解したかを判断する」と言いますが、ある一面、それを完全否定はできません。というのは、工事事務所は土日祝日を除いては毎日空いているのであり、そこに住民がしつこく「納得できない」と詰めれば、それはそれで、理解も合意もしていないという事実を積み上げることになるからです。しかし、その数も少ない以上は、少なくとも「反対意見は少ない」と解釈されたとしても仕方がない一面はあります。

 確かにJR東海の住民への対応は劣悪と言われても仕方がありません。そして、2年前には「住民の理解を得られない限りの着工はない」とまで言っておきながら「住民が理解したかの判断はJR東海が行う」といった説明に変わっています。
 とはいえ、ここでJR東海を批判するだけでは何も変わりません。
 私は、地域に根差す住民運動こそが問われていると思います。つまり「納得していないぞ」という態度を言葉で、文書で、直接行動で「見せ続ける」ことができるかです。むしろ、それをやらない住民運動は実を結びません。

 その大鹿村で、8月下旬から村民有志による「リニア事業への反対を求める陳情書」という署名活動が始まりました。
 これは、村議会に対して、リニア計画への反対決議を求める署名で、村外の住民でも署名できます。

大鹿村反対署名1
 大鹿村反対署名説明


 ただし、この署名活動に関しては、私はまだ取材をしていないのでこれ以上は書きません。近いうちに関係者からのコメントを得たいと考えておりますが、この署名を足掛かりにさらに別の運動へと発展するのかも注視したいです。

●と書くのは

 とここまで書いてきたのは、過去において、私が取材してきた社会問題に対する住民運動では、やはり、しつこい運動、徹底した実力運動(もちろん非暴力)は計画を止めるか、止められないまでも軌道修正を実現しているからです。
 正直な話、リニアでの、地域に根差した住民運動はそのレベルに達しているところはまだ少ないと感じています。

 たとえば、約20年前の東京都日の出町での廃棄物最終処分場計画。反対する住民は知事との面会を求め都庁のロビーで半年間も毎日横断幕を張った(偉かったのは退去を訴える警備員を敵にしなかったこと。「彼らも仕事だから」と理解し、逆にある種の親近感のなかで占拠は続いた)。工事用道路入り口でも毎日数十人が監視に立った。工事現場での土地トラスト地では舞台や宿泊施設を建設し、運動の拠点とした。

 たとえば、現在の長崎県の石木ダム計画。住民は、強制収容された土地の上にさえ、自分たちで監視小屋を建て県や業者の動向を注視し、工事用入り口道路では毎日女性陣が座り込みをして機材の搬入を防いでいる。収用委員会ですら、委員の入場をさせまいと住民が集まり、実際に7回の審理のうち5回を中止させている。本格着工はなされていない。昨年末から裁判をしているが、年内にもいい結果が出るかもしれない(という情報が入った)。実際、住民は「私たちが諦めない限り、ダムはできない」と信じている。

 たとえば、学校現場での式典(卒業式)での君が代斉唱を拒んだために、停職6か月や60歳からの再雇用拒否された東京都の公立学校の教師たち。彼らは多くの支援者とともに東京都庁に何度も直接乗り込み、警備員に行く手をさえぎられても、徹底して思想や信条の自由を訴えた。その結果、最高裁では東京都教育委員会の処分は異常との判断が示された。

 署名や抗議文などの「文書」だけでは、あのJR東海のこれまでの対応を考えれば、おそらくリニア計画は軌道修正すらされません。
 非暴力でない限りの実力行使がどこまでできるか。と個人的に考えております。
 ただし、運動のヒントとしては、決して「リニア反対」だけにこだわらずとも、「リニア関連の生活被害に反対」ならできるということです。

 ふー。今回も書き上げるのにえらい時間がかかりました…。

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2016/09/12 03:55   [ 編集 ]















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