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●交通事故のあとのスイカはうまい
 
 85年11月17日、高橋さんが5ヶ月ぶりに現場に戻ってきた。
 6月、高橋さんは、過労のためか、腸チフスとマラリアを併発して倒れ、日本に帰国し、療養生活を送っていたのだ。午後2時過ぎ、マグドールから宿舎に戻った私は、その血色いい顔色に嬉しくなり再会を喜んだ。

 そのときだ。ソマリア人スタッフのM(30代男性)が、高橋さんに再会の握手を求めてきた。そして、野外食堂のテーブルに並べられた、切ったばかりのスイカに手を伸ばし「うまそうだね、もらっていいかい?」と一切れを口にした。

「うん、うまい!」

 そう言ってMが立ち去ったのだが、農業プロジェクトの日本人スタッフたちは表情が固い。

「Mはどうなるんだ?」

「警察に行くことになるんじゃないか?」

 こういうことだった。
 高橋さんがここに着く数時間前、Mが車を運転していて、難民キャンプに住む16歳の女の子をはねて死亡させたというのだ。
 え? 心の底を得体の知れぬ妖怪の舌でザラリとなめられたような不気味さが走る。過ちだったとはいえ、一人の命を奪ったその数時間後にスイカをうまそうに食べるのか? この二つの行為が一体どうやったら結びつくんだ?

 Mはその後、予想通り警察に連行されたが、一泊しただけで釈放された。

 その次に、当然、私たちは、亡くなった女の子への償いが行われると思っていたが、これが驚いた。日本でなら、例外も多かろうが、こんなときはまずは遺族に詫びに行く人もいる。一生心に十字架を背負っていくだろう。

 だが、Mが向かったのは、女の子の自宅ではなく、自分が属する氏族の長である。あの、マグドールのブラレ事件同様に、Mの氏族の長とはねられた女の子が属する氏族の長とが話し合いをもち、示談金を決めたのだ。確か、日本円で5~6万円に相当する額だったと記憶しているが、Mの3ヵ月分の月給に相当する。

 遺族に会うことがなくても、これがソマリアのやり方である以上、日本人はああだこうだは言えないし、それにMも反省もしているだろうと、日本人スタッフはソマリア人スタッフからのも合わせ、この示談金をカンパで集めた。Mは私たちに感謝した。だが、すぐにその態度を豹変させることになる。


●残されたもう一つの処分

 Mはこの時点で二つの裁きを受けていた。一つか警察から、一つは氏族社会から。そしてもう一つ残っていた。私たちJVCから、言い換えれば日本人からの裁きである。

 私たちは「日本人スタッフであなたの処遇を話し合うから、その結果を待って欲しい」と伝えると、Mは「そうか」と頷いた。すると、その数時間後から、保身工作とも思えるほど、呼びもしないのに、フラリと特定の日本人スタッフ数人の元を訪れ、事故当時のことを説明し始めた。

「車を運転していたら、突然、大きな木の裏にいた女の子が飛び出てきたんだ」

 ウソだった。そこに、人間が隠れるほどの木がないことは誰でも知っている。それを指摘されると、その数時間後には違う話を繰り出してきた。

「私もいま少し混乱しているので、記憶が曖昧だったようだ。伝え聞くところによると、あの子はどうも精神障害があり、半ば自殺のようなかんじでフラフラと私の車の前に飛び込んできたのだ」

 なぜ、みえみえのウソを繰り出すのだろ。故意ではないにせよ、一人の命を奪ったその責任をどう捉えているのか? 私がこれを問い質すとMはこう言った。

「私には何の責任もない。すべてはアラーの神の思し召しである。あの女の子はあの日、私の車の前に現れる運命だったのだ。インシャーラ(紙の思し召すままに)」

 え? 聞き間違いか? 「こんなことを言われたぞ」と他の日本人スタッフに話すと、「俺もだ」。

 責任がない?! 私たちは少なくとも、心のどこかで、Mは女の子への憐憫の情くらいは感じているのだろうと思っていた。だからこそカンパにも応じたのだ。

 だがそうではなかった。彼は本当に反省もしていないし、悔いてもいなかった。

 そして、いよいよ私たち日本人が彼への処分を下す日が近づいてきた。

 この処分を巡り,Mは憤った。それだけならまだわかる。私たちを苦しめたのは、その処分をソマリア人スタッフや、難民キャンプに住む難民もまったく理解しなかったことだ。「日本人はおかしい!」と。

 つまり「女の子が死んだのは、すべてがインシャーラなのだ。なぜ日本人はMにそこまで厳しくするのか」と誰もが思っていたのだ。

 2年間のソマリアでの生活でもっとも苦しい日々だった。死生観の違いを嫌というほど見せられた事件だった。 詳しくは次号。

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