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●難民からの要請

「モスク(イスラム寺院)を作ってもらえないだろうか?」

 マグドールでは毎朝、CHWもコックもセクションリーダーも含めて全員ミーティングをしていたが、87年5月のある日、リーダーたちからこんな要請が出された。

 全員がイスラム教徒であるマグドールの人たちにとってモスクはなくてはならないものだ。だが現状は、地面から石を取り除いた平地をモスク代わりにメッカへの祈りを捧げている。

「立派なものでなくていい。柱と屋根だけの資材だけ提供してもらえれば建設は男たちでやる」

 そう言われて私は考えた。何もかも失って、ソマリアに逃れてきた難民にとって、神への祈りは数少なく残されたアイデンティティーの一つだ。これは単純な社会サービスとして作ってもいいのではないか。その程度の予算はなくはない。

「返事を待ってもらえないでしょうか。僕一人では決められないし」

 こう言って返事は持ち帰りとなったのだが、マグドールでの仕事が終わっても、私にはタイプライターで、その日の給食数、患者数、その内訳、来月予想される食糧と薬品の量などの報告書作成に追われていて、特に最初の数ヶ月は一日一六時間は働いていた。
 その忙しさにかまけ、リーダーたちからの要請は覚えてはいても、チーム内で議題に出すに至らず、ついつい返事をできないままでいた。反省すべきだ。


●助けなくて良かった

 そしていつものように車でマグドールへ向かうある日の朝のことだ。

 マグドールの男たちが、数百メートルも先から太い幹や枝をズルズル引きずって歩いているのを見た。そのなかに、CHWの一人のアボーカルもいる。RHUからの派遣ではなく、エチオピアでの医療経験を買って私たちがRHUの許可を得て雇ったマグドールの難民である。50歳前後。その控えめで微笑み絶やさぬ人柄から誰からも好感を得ていた。

「アボーカル、何やってんの?」
「ああ、みんなでね、モスクを作るんです!」

 そのために、早朝からみんなでブッシュに出かけ、柱や屋根になりそうな資材を調達しているというのだ。太い幹をズルズル運ぶ中にはセクションリーダーの姿もあった。皆が嬉しそうだ。笑っている。
 
 このとき、私の心にパッと明りが灯ったような感覚を私は今も忘れない。
 確かに私は彼らへの返事を怠っていた。
 だが、結果としてだけ見れば、私は助けなくてもよかったのだ。なぜなら、マグドールの難民は自分たちでできるからだ。

 忘れられないもう一つの例がある。
 5月末からコレラがルークで大流行。
 このとき、マグドールにはトイレがなかった。人々は思い思いの場所で用を足すのだが、そこにはいつもハエが群がり飛んでいた。伝染を防ぐため、私たちは「トイレを作りませんか?」とリーダーたちに提案した。

 リーダーたちはもちろん同意した。とはいえ、実際に作るのはそれぞれの家の人である。
 とはいえ、マグドールの地面のすぐ下は固い岩盤が走っている。それを砕く工具が必要だ。

 私たちは、トイレを作る希望者に、土を掘るためのスコップ、岩を割るための鉄棒などの建設工具を貸し出すことにした。セクションリーダーにはその窓口をお願いしたのである。

 だが、これをやろうとしたとき、JVC内部から懸念の声が上がった。農場近くのマガネイ難民キャンプには既にトイレがあるけど、もし今同じことをやろうとしたら「工事は援助団体がやるべき」とか「労賃はいくら払ってくれるのか」と聞かれるのは間違いない、金を巡って一悶着起きる、どこで折り合いをつけるのか、と。

「カシダ。お前はそのときどう対処するのか?」

 話し合うしかないではないか。


●紅茶と砂糖だけ

 私たちはマグドールのリーダーたちと話し合いをもった。建設工具を貸し出すとの説明をしたあと、セクション7のリーダーのヌールが「それでだ」と話を切り出してきた。

「トイレを作る必要はわかった。俺たちが作らなければならないことも。ただ我が家のトイレとはいえ、地下に岩盤の多いマグドールでの穴掘りは何日もかかるきつい作業だ。少しは手当てなるものをJVCで考えてもらえないだろうか」

 ああ、やはりそう来たか。
 
「それで、あなたたちはいかなる手当てを欲しいのか?」

 こう質問すると、8人のリーダーたちは小さな輪になってボソボソと話し合いに入った。気が気ではない瞬間の連続だ。輪が散った。そしてヌールはこう言ったのだ。

「1家族に紅茶の葉を1パックと砂糖1キロ。それでどうだろう?」

 え、それでいいの?  あまりにも素朴な要求だ。

「いいですとも!」

 もしかしたら「金」を要求されるのかと思っていただけに、私は自分を恥じた。

 自分のことは自分でやる。そういう人たちなのだ。自分たちの力を出し切れる人たちなのだ。

 翌日からは連日、工具が希望者全員に行き渡らないほど、マグドールのあちこちで岩盤を砕く音が響いた。そして、トイレを完成させた家では「カシダ、シャー、アップ!」(茶を飲んでいけ)と、汁粉のように甘い紅茶を勧められた。

 たまたま、JVCの農場からマグドールに立ち寄った高橋さんがこの様子を見て目を細めた。

「いやあ、マガネイや他の古い難民キャンプなら考えられん。みんな、国連やNGOからもらうことに慣れてしまったからな。信じられんね、ここの人たちは。難民になったばかりの人たちは、まだ純粋でやる気があるんだね」

 難民といえば、日本ではどうしても「かわいそうな」とか「助けてあげねばならない」などの枕詞で語られる。だが、彼らは自分でできるのだ。私は初めて自分の仕事を理解したように思う。

 おそらく、どこまでが彼らができて、どこからができないのかを見極めることである。援助とおせっかいは違う。私はマグドールの人々を必要以上に助けまいと決めていた。

 もし、モスクのことでも、簡単に資材提供していたら、彼らはあの素晴らしい時間を皆で共有することもなかったのだ。

 私がソマリアで学んだ最初の一つは、人を助けたいと思ったらむやみに「助けない」ということである。人間には、その人自身で立ち上がる力があるからだ。私にだって。それを信じることを教えてもらったことを、私は今でも感謝する。

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