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 12月9日、NHKでドラマ「真珠湾からの帰還」が放映されました。
 見ごたえがありました。
 
 1941年12月8日、真珠湾攻撃の第一撃は空からの攻撃と考えられていますが、じつはその数時間前に、二人乗りの5隻のミニ・潜水艦「特殊潜航艇」=甲標的が、それぞれの母艦から出動していました。
 それぞれが魚雷を2発ずつ搭載していて、港に停泊している米軍艦隊を撃沈しようというのです。
 だが、戦果はゼロ。そして、10人のうち9人が戦死。

 そして、唯一の生き残りで、太平洋戦争第一号の捕虜となった酒巻和夫さんを軸にして、ドラマが描かれました。


●軍神詣で

 ドラマのなかで竹下景子が演じる稲垣少尉(戦死した9人の一人)の母が、軍神となった息子の墓の前で「一片の肉片でもいいから帰ってきてほしかった」と悲しむシーンがあります。
 息子の死を悲しむのは母として当然でありますが、太平洋戦争における「軍神」の母の特異点は、人前で泣けなかったことです。
 1941年12月8日の真珠湾攻撃において、5隻の特殊潜航艇はなんら戦果を出せなかったのですが、当時の大本営発表では「空母を撃沈した」などのウソが報道され、加えて、翌年3月6日に、海軍がいきなり、戦死した9人を「軍神」として扱うことを発表します。

 これにより、9人は、ただの戦死者として扱われず、それこそ神として崇められることになります。
 すべては、海軍の、国民の戦意高揚を煽るためですが、ここから、軍神の家族に大変な日々が始まりました。ドラマでも言われていた「軍神詣で」です。

 私の伯父(1943年没)は、真珠湾攻撃で突撃した特殊潜航艇の一つが搭載されていた「伊18号」の機関兵だったことから、その艇長の古野繁実少佐と知り合いだったようです。数年前、私は、福岡県の古野家を訪ねたのですが、軍神詣でのことを覚えている方にもお会いしました。
 その方はこう証言したのです。

「たいへんな毎日でした。朝も昼も夕方も続々と、各地から国民や学生が古野家を訪れるのです。かわいそうなのは繁実さんのお母さんでした。息子さんが死んだら本当は悲しいはずなのに、お客さんにいちいち茶を出し、菓子を出し、背筋をピシリと伸ばして毅然と話す。軍神の母を演じなければならなかったのです。私は今でも、お母さんが、人の見えないところで泣いていたのを覚えています」

 「軍神詣で」は、そのピークが1年以上続いたといいます。ピークが過ぎてからも、もちろん、詣でる人は絶えることはありませんでした。古野少佐のお母さんとすれば、自分が自分でなくなる日々であったに違いありません。

 ともあれ、海軍の意図は的中しました。私が最寄り駅から古野宅までタクシーを利用したとき、行き先を告げると、70歳前後の運転手さんが思わず口にしたのです。

「あ、軍神の家ですね」
ーー分かりますか?
「分かります。私が10歳にもならない頃、古野さんが軍神になったとの報道は私たちを熱くさせました。大きくなったら、『絶対僕も海軍に』と思ったものですよ」

 そして、1942年は、全国で、軍神関連の小説「海軍」、そして映画が大ヒット。4月8日には東京の日比谷公園で海軍葬が営まれ、数万人もの人が訪れたと言われています。


●岩宮緑さんと酒巻和夫さん

 ドラマに登場した岩宮緑さんは、当時17歳でした。いわみや旅館は、最初の10人だけではなく、その後も特殊潜航艇の訓練のために訪れる軍人たちのための常宿となるのですが、緑さんは、当時は東京の洋裁学校の生徒でした。夏休みの帰省中に最初の10人の世話をしていたのです。

 そして、上記の海軍葬のとき、緑さんは東京にいたのですが、そのときのことが「特潜勇士と軍神宿」(あきつ出版)に書かれています。要約して紹介します。

「岩佐さん、古野さん、横山さんと、砲車一台に白木の箱一個が乗せられて次々と目の前を通り過ぎていく。私は声を押し殺して泣きました。おそばに行って焼香したい、ご遺族の前にいってお話をしたいという気持ちで一杯でした。でも、新聞社の人につかまったならば、軍の秘密がばれてしまうのでは、と思ったとき、ぐっと辛抱し、一人ひとりのお名前を声を殺して呼びながら伏し拝みました」

軍の秘密とは、もちろん、特殊潜航艇の計画の全容のことです。緑さんたちは全容とまではいかなくても、その一部を知り得る立場にいたのです。

 さて、私の母もそうですが、戦時中、9軍神の「9」という数字に疑問をもった国民はたくさんいます。5隻の特殊潜航艇ならば、2x5で10人ではないかと。しかし、海軍からその説明は一切ありませんでした。

 それは、恥辱の対象とされた捕虜、しかも、太平洋戦争での「捕虜第一号」となった酒巻和夫さんのことを公にしたくなかったからです。
 酒巻さんは、終戦後に、捕虜収容所で暮らしたアメリカから帰国し、数年後に「捕虜第一号」という本を書き上げますが、その後は、マスコミにはほとんど一切、自らの戦争体験を語ろうとはしませんでした。

 唯一、酒巻さんがその制作に協力したのが、TBSが制作した記録ドキュメント「戦史から消された男」です。もちろん、酒巻さんのことを描いたドキュメンタリーです。これは、主要図書館には、VHS資料として保管されているはずです。
 これは、TBSのディレクターが何度も何度も脚本を書いては、酒巻さんに「これではダメだ」とダメ出しされたのですが、最後の最後には、試写会で酒巻さんが本当に嬉しそうな顔をしていたと、関係者は語っています。
 と書いている私もじつはまだ見ていません。この年末年始に見てこようと思います。

 なお、10年ほど前、テレビ番組の「ギミアブレイク」でも酒巻さん関連のドキュメントが報道されたようですが、それはこのVHSとは関係ないようです。

 酒巻さんは終戦の翌年の昭和21年(1946年)5月に、いわみや旅館を訪れますが、「特潜勇士と軍神宿」によれば、こう言ったそうです。
「皆さんも、色々なことを私に尋ねたいと思うでしょうが、私はその話をしに来たのではないから、すまないが、何もお尋ねくださいますな」
 
 酒巻さんはいわみや旅館に2泊したのですが、おそらくは、一人だけ生き残ってしまった自分を責めながらも、思い出の部屋で皆と語り合ったのでしょう。

 ドラマでは、緑さんが酒巻さんとダンスをしていましたが、それが本当にあったかは分かりません。ただ、緑さんが「(特殊潜航艇の乗組員だった)岩佐中佐が、手を取ってくれて『世が世なら』と言ってくれた」と語る場面がありましたが、あれは本当です。

 故人とはいえ、個人のプライバシーに関わる詳細はここでは書けませんが、「特潜勇士と軍神宿」によると、岩佐中佐のその言葉は、それこそ、いわみや旅館を去る前の最後の夜。

 『世が世であればね。もう少し早く貴女を知っていたらね』

 この言葉を緑さんは忘れたことはなく、「それだけで私は満足でした」と書かれています。

 その気持ちを証明する証言もあるのですが、これ以上は書いてはいけませんね。


●戦争はしてはならない

 もし戦争がなければ、私の伯父(樫田勝衛)も古野さんも戦死することはなく、また緑さんも別の人生を歩んでいたかもしれません。
 それでも、現実問題として軍人は戦死します。だが、一人ひとりの死に軽重はありません。

 ところが、特殊潜航艇の9人は神にされたかと思うと、戦後は誰からも忘れ去られ、人によっては戦争の片棒を担いだとの非難を飛ばす人もいます。また、「犬死」ではないかと言う人もいます。

 私はこう考えるのですが、犬死とは、私たちがその人たちのことを忘れ去ることだと思います。そうではなく、あの多くの若者が死んだことを忘れず、あの戦争は何だったのかを検証し、再び戦争が起こらない社会を作る。これこそが死者に尊厳を与えることだと思います。 

 今年は真珠湾攻撃から70周年。
 つまり、古野少佐の70周忌です。
 先日も古野さん(繁実さんの甥)から電話があり「12月9日に法要をやりました。今回も50人以上の方が来てくれました。故人も喜んでいると思います」と感謝の声が聞こえてきました。

 死んだ人たちは、軍神でも片棒担ぎでもない。普通の若者でした。古野繁実さんは生きていれば93歳。私の伯父も95歳。
 20代で死ぬのが当たり前のときがあった。繰り返してはなりません。


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2011/12/15 15:16 戦争 TB(0) コメント(0)
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