取材しても、記事にできる情報は1割未満。しかし捨てた9割にも、伝えられるべきものがあります。ボツになった企画も数知れず。そんなネタを紹介します。なお、本ブログの文章と写真の無断転載はお断りします。ご利用希望者合はご一報下さい。
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樫田秀樹

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●感動が気持ち悪い

 お笑いグループ「森3中」の大島美幸が日本テレビの夏恒例の「24時間 愛は地球を救う」でマラソンを走ると公表しました。
 
 走るんだったら走ればいいけど、あんなにマスコミ各社が詰め掛けての記者会見をするほどのことなのかな。

 私は、同番組で報道される様々な福祉施設や途上国の現場の現状にはとても関心があります。自分自身がかつてソマリアの難民キャンプで2年間活動してきたこともあるし、今の取材活動で日本の歪さも垣間見ているからです。
 とはいえ、ここ数年はあの番組はほとんどまったく見なくなりました。偽善の匂いがするからです。


 なんで芸能人のマラソンなのっていつも思います。というか、しらけてしまいます。

 私は、鈞ちゃんこと萩元欽一さんが走ったときは、鈞ちゃんが好きだっただけに、なんだ、大人じゃなかったのかよおと、ちょっとがっかりしてしまいました。

 芸能人を走らせることを企画するほうも企画するほうだし、走るほうも走るほうだし、それを見て泣くアナウンサーや視聴者にもしらけます。

 マラソンといえば、日本人なら誰もが知っているQちゃんこと高橋尚子さんは、現役時代、毎日フルマラソンくらいの距離を当たり前に走り、多いときは一日に70キロも走ったそうです。すべては自分自身のために。

 だが、それがひとたび芸能人となると、たった一回のフルマラソンを走った、100キロ走った、24時間走ったことで「感動」を作り出し、それを募金活動につなげるのはどうも解せません。

 あの番組は今ではほとんど見ませんが、番組のフィナーレの、感動を盛り立てる大合唱にもついていけません。 
 マラソンでも大合唱でも、あの「感動」には気持ち悪さを覚えます。
 同番組ではないですが、私の知人の、日本テレビの違う番組のディレクターは局内の会議で、「あの芸能人マラソンは偽善を作り出している。番組自体が大偽善番組になる。再考せよ」と訴えたことがあるそうです。
 しかし、偽善であれ、受ける以上はやめられないのがテレビ局の事情です。

 私は同番組に募金したことがありません。
 いえ、同番組だけではなく、街角の募金活動にも募金したことがありません。

 なぜか。

 答えは簡単です。

 それでは自分が募金したお金がどこに行くのか分からないからです。

 たとえば、私が今年の24時間愛は地球を救うに1000円の募金をしたとします。では、この1000円はいったいどこに行くのでしょう? この1000円のうち、何%くらいが事務経費として引かれるのでしょう?
 
 今まで同番組に募金をした人たちは、おそらく、そんな説明をただの一度も受けていないはずです。

 だから、私は、自分のお金がどこの誰にどう使われるかが確実にわかる募金をします。

 たとえば、私が以前滞在していたことのあるアフガニスタンでの地域開発や保健活動に関わるNPOには募金することがあります。

 私のお金が、何に使われたかの事後報告もあるからです。募金額のうち、20%は必要事務経費として聴衆させていただいたとの報告もあるからです。
(誰もが知っているある有名な国際組織なんて、募金額の半分が組織の人件費になるとか…)

 感動は必要ありません。

 必要なのは、自分がこの社会のどういう問題に関心や憤りをもっているのかを確認し、少しでもその是正につながるのであれば、そこに募金をすればいい。

 また、24時間テレビに募金したお金、いったいどこに行くのかを説明してほしいです。
 福祉や途上国の現場にはどれくらい使われたのか? テレビ局内の事務経費や人件費にも流れているのか? うがった見方をしているのではありません。
 報告は、お金をもらう側の義務です。


●テリー・フォックス

 私がチャリティマラソンで思い出すのは、テリー・フォックスというカナダ人の青年です。
 カナダで知らない人は誰もいません。
 以下、WIKIPEDIAから。


 1958年7月28日生まれ。
 大学のバスケットボール部で活躍していた1977年、右膝に骨肉腫を発症し、右足を切断。
 その後、がん研究資金を募るために、1980年4月12日、ニューファウンドランド州のセント・ジョンズから「希望のマラソン」(Marathon of Hope)を開始した。
 毎日、フルマラソンと同じ42kmを走り続け、バンクーバー島をゴールとするカナダ横断を目指した。目標は完走と100万ドルの募金。

 しかし143日目の9月1日、5,373kmを走ったところで、癌の肺への転移のためオンタリオ州サンダーベイ付近でマラソンを断念し入院。1981年6月28日、テリーは22歳の若さでこの世を去った。



 テリー・フォックスのことは本「ぼくは希望に向かって走る」にもなっているし、映画「テリー・フォックス物語」にもなっています。私はどちらも見ましたが、素直に感動しました。

 そして、本当に感銘するのが、今、カナダ国民が年に一度、各地でテリー・フォックス・ランを開催して、テリーの遺志を受け継いでいることです。

 参加するには費用が必要ですが、その費用はもちろん、ガンの研究費やガン患者を救うために使われるのです。

 テリーはもうこの世にはいません。しかし、彼の意思は確実に多くの人たちに受け継がれている。
 テリー・フォックス・ランのコースは3キロもあれば、10キロもありで、歩いたっていい。要は、参加することこそが、誰もを主人公にし、誰をも社会問題の解決者としているわけです。

 たった一人の芸能人をヨイショするよりも、市民の自主参加こそが健全であることを示す一例です。


ぼくは希望に向かって走る―愛のドキュメント (集英社文庫―コバルトシリーズ)ぼくは希望に向かって走る―愛のドキュメント (集英社文庫―コバルトシリーズ)
(1982/04)
レスリー・シュライブナー

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ガンのために右足を切断したが、そこでめげるのではなく、ガン研究基金を集めるために、義足でカナダ横断マラソンを目指した若者、テリー・フォックスの実話。残念ながら、横断途中でガンの転移で死去したが、彼の意思を今、多くのカナダ国民が受け継ぎ、各地で自発的にテリー・フォックス・ランを開催してはガン研究基金を集めている。たった一人の若者の行動が社会を動かしたのだ。



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ロバート・デュヴァル、エリック・フレイヤー 他

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テリー・フォックスの実話を忠実に再現した映画。
22歳でここまでやった。周りのサポートがあったとはいえ、最後まで諦めずに走りきった。子どもたちに、できるんだと言いたかった。だが、ガン転移のため夢半ばで亡くなった。映画の最後のナレーション「彼をどうか忘れないでほしい」は、まさしくカナダ国民の思いであり、誇りだ。そのテリーの遺志を継いで、自主的にガン研究基金のためのランを開催する市民もまた素晴らしい。



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 12月18日の東京新聞を読んでちょっと驚いた記事があります。

 タイトルは、

 カンボジアでの学校建設 「作ってからも支援を」

 どういうことかというと、校舎さえ作ってしまえば、「ハイおしまい」で終わってしまうボランティア団体が多いということです。

 まだ、その程度の意識なのかと驚いたのです。

 東京では、日比谷公園や代々木公園などで毎年、「アースデイ」「国際協力フェスティバル」など、多くのNPOや市民団体がブースを出す、市民運動の見本市のような活動が行われています。
 ここで、こんなにも多いのかといつも驚くのが「学校建設」です。特に、1980年代にようやくポルポトの支配から脱して新たな国づくりを始めたばかりのカンボジアでの事例がとても多かったように思います。

 なかには、明らかに「自己満足か!」と思うような、校舎だけ作って、ハイさよならの運動もあります。

 私がその実態を身をもって痛感したのは、11年7月11日のブログにも書いた、ネパールでの日本人による学校建設の事例です。

 学校というのは、
★校舎があって
★生徒がいて
★先生がいて
★その先生たちに払う給与の財源もあり
★校舎の維持費、水光熱費、最低限の文豪具代などの運営コストがかかる

 などの事業体のことなのに、ボランティアの多くは、貧しい国で、材木を運んだり、釘を打ったり、穴を掘ったりの汗を流すことで、なぜか地元の人たちとの一体感を覚えて、とにかく「校舎ができた。いいことをした」との思いで帰国するのです。

 私は、これは市民団体による「箱物支援」だと捉えています。

 ネパールでの事例は、読み返してもらうとして、その事例に出会う前年(91年)、ある取材でネパールを訪れていた私は、首都カトマンズから地方都市ポカラに向かうバスのなかで、たまたま隣に座っていた日本人と話す機会がありました。
 その人、Hさんは、日本のNPO「ネパール教育協力会」のスタッフで、当時でもう何年も現地に滞在していました。Hさんの話を要約すると以下のようになります。

「僕たちは、まず、大きな町やトレッキングルート沿いにある村では学校を作りません。外国人が滅多に行かない僻地で活動しています。そして、村では、僕たちから『学校を作りましょう』とは言いません。しかるべき数の村人が『子どもたちのために学校が必要だ。支援をしてくれないか』と要請してきた場合にのみ応じます。つまり、僕たちが本気になるのではなく、地元住民が本気にならないと意味がないからです。建設費のほんの1割でもいいから、村人の出せる最大限のお金を示してもらってから、僕たちは建設に動き出します。その建設も最大限、村人に参加してもらいます。
 そうでないと、なんでもかんでも外国人の僕たちがやってあげてしまうと、『自分たちの大切な学校』との意識が芽生えなくなるからです。もちろん、校舎を作って、ハイ終わりではなく、ちゃんと学校の先生たちにはお給料も払います。教育教材も用意します。学校ですから」

 こうして、ここから巣立っていった若者たちの中には、高等教育を街で受けた後、教員資格を取得して、自分の村の学校に赴任する人もいるというのです。海外のNPO、地元住民、学生との信頼関係があればこその、素晴らしい教育活動の循環事例です。

 この出会いがあったからこそ、私は翌年に、ネパールでの、日本人の支援による、「校舎作って、ハイさよなら」の事例の取材に出かけたのです。

 ひどい事例では、校舎ができたどころか、建設途中で、建設費用が村のお偉いさん方のポケットに入ってしまい、校舎もどきがポツンと立っていたものもありました。

 東京新聞の記事でも、「鍵がかけられて使われなくなった学校がいくらでもある。本当に学校が必要な場所なのかを十分に検討し、完成後も年に何回かはチェックに訪れないと、すぐにそうした状態になってしまう」との関係者の証言が紹介されていました。

 また「学校建設が、国道や大きな町の周辺に集中する」といった、支援側に都合のいい場所でプロジェクトが行われていることも。

 私がネパールの学校建設の取材をしてから、20年も経ちましたが、未だに日本の市民団体の意識はこの程度なのかと少々やるせなくなります。

 もちろん、ボランティアで訪れた老若男女は「善意」で活動したのです。その善意にはなんの批判もいりません。ただ、惜しむらくは、その善意の運用を知らなかった。いや、知らされなかった。

 私は、ときどき、知人から「息子が、娘が、大学に入ったはいいが、何をやっていいのか分からないようだ。なにかいいボランティア活動はありますか?」と聞かれます。
 だが、ボランティアとは、自らの意志で決めて、活動するものですから、何をするかは、あくまでも本人が決めるしかありません。

 その第一歩として、途上国に学校建設に出かけること自体は、いいことなのでしょう。

 だが、ボランティア本人たちが結局は自己満足で終わり、地元にとっては「誰かに作ってもらった学校」だから愛着芯も湧かずに、資金が切れたらそのまま放置される・・では、互いに実のある結果とはなりません。

 ボランティアの善意を最大限、活用するためには、その上にいるコーディネーターや組織の代表者が、国際支援とは何か、草の支援とは何か、自分たちは後方支援だけでいいとの、確固たる哲学をもち、それを伝えることです。

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 前回のブログで、長期にわたる「与える」だけの援助が難民の人間性をないがしろにしてしまうことを、ごく簡単に描きました。

 じつは、そういった「援助って本当に役に立つんですか?」「善意は本当に活かされるんですか?」といった問い合わせが、学生さんを中心に、ときどきメールで寄せられることがあります。

 以下、私の考えを簡潔に記しておきます。

 善意は、いいものでも悪いものでもありません。使う人によって、いいものにも悪いものにもなります。

 たとえば、「水」は旅人の渇いたのどを潤すこともできれば、そこに沈めて人を殺すこともできます。
 「包丁」はおいしい料理を生み出すこともできれば、人を殺すこともできます。

 「善意」も同じです。その場、その時、その状況下において、どう使われるかで良くも悪くもなります。つまり、「道具」の一つです。

 少し、具体的な話をします。

 1995年頃、ネパールを取材したことがあります。
 首都カトマンズから車で半日行ったある村には、空っぽの校舎がありました。窓ガラスも机も、扉すらありません。使われなくなったのではなく、建設途中で廃棄されたのです。

 日本のある大学教授が「子どもたちに教育の機会を!」と、数十万円の私財を投入したという、夢の校舎のはずでした。ところが、その建設費は、次々と地元の有力者たちのポケットに入るだけで、結局、資金不足となり校舎建設は止まったのです。
 
 私は村人に尋ねました。 契約書は? 見積りは? 建設後の教師の給与は誰が払うのか? 村人は何を聞いても、「さぁ・・」と繰り返すだけでした。

 同じような事例は他にもあって、やはりネパールの他の村では、当時の社会党(現・社民党)の女性議員たちが「子どもと女性に識字教育を!」とやはり私財を投じましたが、結局、建設すら始まりませんでした。 

 この二つの失敗事例には共通点があります。
 村の有力者にポンと金を渡したこと。みんなの学校なのに、村人との相談もなく始めたこと。金を渡した後、建設の進捗を確認する手段をもっていなかったこと。
 いい意味で「相手を信じていた」のです。 

 また、両者とも、校舎を建設して、はい終わり、のプロジェクトでした。
 学校とは、生徒がいて、先生がいて、その先生たちに払う給与も必要で、校舎の維持費、水光熱費、最低限の文豪具代などの運営コストがかかるのに、建設だけで終わろうとしていたのです。
 村人の念入りな打ち合わせもなく始めたプロジェクトだから、当然、村人とすれば「勝手にやって」となるのは当然で、「私たちの大切な学校」との意識が根付かなかったのです。


 ネパールで教育活動をする日本の老舗NGOの代表は「僕はこれを蜃気楼現象と呼んでます。『ネパールは貧しいけど、人の心は澄んでいるわ』なんて、勝手な美しいイメージだけで文化、習慣も知らずに金だけ渡すんですからうまくいきません。それに、学校は作ってからの運営こそ大変なのに、皆、作るだけで終わっていますから、ネパール政府も因ってます。自己満足ですわ」と批判の目を向けています。

 この老舗NPOは、とにかくまず地元の住民が「自分たちはここまでできる」と、できる限りの共同出資や労力提供などを行ってから、「補助的に」支援するのを信条としており、実際、それでこれまで数十もの学校を作ってきたのです。
(この記事は、http://homepage2.nifty.com/kasida/social-matter/frame-nepal.htm をご覧ください)

 こんなふうに、ポンと金を渡す事例が増えるにつれ、「では、我々がその仲介を」とネパール人がNPOを設立するのですが、関係者によると、かつては100くらいしかなかった教育NPOが90年代には約1万にも増えたそうです。ほとんどが外国からのカネをポケットに入れる輩です。


★井戸はどうか?

 衛星な水源確保のための「井戸堀り」にしても、善意が先走り、自分たちだけで作ってあげると、そこの住民には決して大切にされません。壊れたら「お前ら、直せ」と言われるだけです。また、井戸がない場合、主に女性たちが離れた水源にまで水汲みに行くのですが、地域によっては、これは女性には大切な時間です。
 男たちが周りにいないその水汲みの時間は、遠慮なく世間話や愚痴を言えるわけで、大切な情報交換の場でもあるわけです。それが村の中に井戸ができるとそれができなくなる。

 もちろん、村の中に水源があったほうがいいとは私も思います。だが、その善意を使うかどうかは、まず、その地域の実情を捉えてからです。
 それに、離れた場所への水汲みも、井戸ができてからも、結局、水を汲むのは女性の仕事。ここは、井戸を作るのか、それとも、男性諸君に「あんたらも水汲みやったら?」との選択肢を示すことだって必要なのに、一部NPOは「井戸は絶対にいいもの」との善意でコトを進めているのです。

 
★毛布はどうか?

 もう一つの事例ですが、私が2年間暮らしていたソマリアには、日本から大量の毛布が「難民のために」と送られてきました。毛布はすばらしい。熱いときは木の枝にかければ日除けになるし、寒い夜には暖を取れる。さらに日本製毛布は縫製が丈夫なので、誰もが喜びます。

 ですが! この最高級の毛布がタダで出回ったことで、一部の地元の店では毛布がまったく売れなくなりました。毛布を多目に手にした難民のなかには、それを町の住民に売って現金を手にする人が続出したのです。地元商店はさぞや歯ぎしりしたことでしょう。


★古着はどうか?

 同じような事例は、途上国に古着を送る運動にも見られます。古着をある村に大量に寄付した分だけ、地元の商店では売り上げが減る。
 もちろん、商店から遠隔地にあり、それほど売り上げに影響を及ぼさないような村なら、古着の寄付は大丈夫です。ただ、そういうリサーチがあらかじめなされているのか、いないのか? 善意だけで人々が救われると思っていないのか? 


★被災者の誇り

 数週間前も、新聞の投稿欄で、東北大震災の被災者が「自分たちだって何かできる。だのに、ボランティアの人たちに子ども扱いされるように、もらうばかりの毎日だ。私たちには人としての誇りがある。それを活かすような支援であってほしい」といった主旨の意見を述べていました。

 同感です。どんな状況であっても、人は立ち上がる力を持っています。
 被災者であっても、いや被災者だからこそ、やる気のある人には、どんどん支援する側に加わってもらうことは必要です。
 
 私は、善意の使うときの条件は、まず「目の前の相手を尊敬する」ことだと思います。つまり「人として、必ず何かをできるはず」との思想をもつことです。
 「何もできない人たち」と思ったらそこから善意は活かされなくなります。

 ただ、善意そのものはなくしてはいけない大切なものです。その善意を汲み上げ、正しく使われる方向に導く役割をNPOがもってくれることをきたいするばかりです。

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 リニア中央新幹線の取材範囲は、東京都から愛知県までと広範囲で、多大な取材経費を要することから、数十組もいる会うべき人たち・組織の多くに会えないでいます。また、リニアに関する記事を書こうにも、ほとんどの雑誌はJR東海が広告主であるため、記事を掲載できず、取材するほどに資金力が落ちる状態が続いています。今後は、再び単行本の発行を目指しますが、私のリニア中央新幹線に関する取材へのご寄付をお願いできないでしょうか?  カンパをしてくださった方には ★ブログに記事を掲載する際のお知らせ。 ★雑誌に記事を載せる場合の、掲載誌送付。 ★単行本を出した際の、一冊謹呈。  など、せめてもの特典を用意いたします。  なお、いただいたカンパは以下の用途に限定します。 ★取材地までの往復交通費。 ★取材地での宿泊費。 ★リニア中央新幹線に係る資料代。  食費は自己負担としますが、使用明細は公開します。  ご協力いただける方は以下の口座への入金をお願いいたします。  みずほ銀行・虎ノ門支店・普通・1502881 カシダヒデキ  ご入金に際し、ご住所や連絡先などを教えていただけたら助かります。どうぞよろしくお願いいたします。
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共通番号の危険な使われ方
今年10月に全国民に通知され、来年1月から運用が始まるマイナンバーという名の国民背番号制度。その危険性を日本一解かり易く解説した書。著者の一人の白石孝さんは全国での講演と国会議員へのアドバイスと飛び回っている。
マグネシウム文明論
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