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樫田秀樹

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●まさかの逆転勝訴

 5月28日。この日、先約があったこともあり、東京高等裁判所の判決には行かなかった。
 言っては失礼だが、「根津さんと河原井さん、また負けるよな」と思っていた。というか、お二人の支援者もそう思っていたはずだ。
 根津公子さんと河原井純子さんは、教員をしていたとき、式典での日の丸掲揚と君が代斉唱への起立と斉唱を拒んできて、そのために、東京都教育委員会から、不起立のたびに、戒告、減給、停職1か月、停職3カ月、停職6カ月と、一段また一段と思い処分を喰らってきた。そして、そのたびに、処分は不当だとして裁判に訴えてきたが、ほぼすべての裁判で敗訴していた。

 5月28日も、停職6か月の処分は不当だと訴えていた裁判の高等裁判所の判決が出るが、「うーん、また負けるんだろうな」と思っていた。じつは当事者であるお二人もそう思っていた。

(このあたりは、レイバーネットにその報告が詳しい。)

 ところが、判決は予想もしていなかった逆転勝訴ーー「処分取り消し。10万円の賠償を都教委に課す」という内容です。


●厳しすぎる処分 

 式典での日の丸と君が代への不起立・不斉唱については、いろいろな意見があります。
「ルールを守らないなんてとんでもない」
「公務員である以上は、国の方針に従うべき」

 これはこれで一理あります。

 しかし、不起立・不斉唱する側にも理があります。

「どうしても、アジアの人が忘れていない侵略時の象徴である日の丸と君が代には従えない」
「クリスチャンの自分には君が代を伴奏できない」
「自分の思想や良心には背けない」

 以前は、こういった理由で、式典のときに、不起立・不斉唱する教員がいるのは、少数ながら決して珍しいことではありませんでした。私も、友人のお子さんの卒業式に参列したときに、友人と一緒に不起立をしたことがありますが、周囲が立つので、座っていてもまったく目立ちません。奇異の目で見られることもありません。つまり、式典の妨害などにはあたりません。

 しかし、石原新太郎都政になってから、都教委は、起立・斉唱の強制を強化します。
 2003年に「起つべし、歌うべし」とした通達を都下の公立学校に出すのです。
(ちなみに、橋下徹・大阪府政では、君が代を歌っているかどうかの「口元チェック」も実施されたとか)
 
 しかし、各学校において不起立する教師は必ずいるもので、2012年2月15日の当ブログにも書いていますが、その時点で、述べ437人が不起立を行いました。

 しかし、これら教員への都教委の懲罰は厳しいものでした。以下のようになっています。
●1度目は「戒告」
●2度目は「減給1ヶ月」
●3度目は「減給3~6ヶ月」
●4度目は「停職1ヶ月」
●5度目は「停職3ヶ月」
●6度目以降は「停職6ヶ月」

 さらに、これに留まらず、

●担任外し(クラスの担任教師にさせない)
●長距離異動(片道2時間はかかる学校への異動)
●過員配置(すでに教科担当の必要人員がいる学校へ異動させる)
●再任用取り消し(定年退職後の60歳から65歳までの5年間は非常勤教員として働けるのに、その合格を取り消す)

 もちろん、冒頭で書いた通り「ルールを守れ」という主張には一理あります。だが、それにしても、これらの処分はあまりにも重すぎます。なぜなら、社会人としての生活も人生設計も壊してしまうからです。

 これら処分の不当を訴え、東京都では20件以上もの裁判が起こされ、その原告数は1000人弱にも膨らんでいます。
 しかし、その処分の重さから、不起立をする教員は年々減り続け、今では卒業式や入学式でそれぞれ数人だけになりました。


●定職6ヶ月の辛さ

 東京都では、停職6ヶ月という最も思い処分を受けた教員は2,3人いますが、その一人の根津公子さん(2011年、定年退職。家庭科教師)は、私の記憶では3度もの「停職6ヶ月」を受けてきた人です。そして、河原井純子さんも。
 根津さんは、父親が太平洋戦争時に中国で参戦していたその経験から、どうしても戦争に繋がるものには賛同はできないと、式典では不起立を貫いてきました。

 しかし、根津さんは強いだけの人ではありません。特に、2回目の「停職6ヶ月」の処分を受ける前は、ご自身も支援者も、「次は免職では?」と予想していました。

 「どうする?」

 根津さん自身が深く考えました。そして出した結論は、「やはり私は私を貫くしかない。ここで私の信条を私自身が裏切ったら、私が教職を続けられたとしても一生後悔する」ということでした。
 しかし免職の心配から、このころ、根津さんは顔以外の全身に発疹が出ます。夜も寝れない日もありました。この発疹は、卒業式シーズンが近づくと、いつも根津さんに現れた症状です。

 そして2008年3月、卒業式で不起立。

 3月31日、根津さんの学校に、都教委の職員が処分を言い渡しにやってきます。多くの支援者とメディアが校門前に集まり、その固唾を見守ってきました。ああ、生徒に愛されてきた根津さんがいよいよ免職かと、誰もが諦めにも似た気持ちをぐっとこらえていました。

 そして数十分後、学校の2階の窓が開き、根津さんが支援者に大声で伝えました。

「ねえ、聞いて。都教委は、私を免職にする理由がないと言いました!」

 え? 

 次の一瞬、支援者は雨の中で泣いていました。そして支援者の前に現れた根津さんは、こう言ったのです。

「よかった。また教師を続けられる!」

 あのときの根津さんの晴れ晴れとした顔を私は忘れることはできません。
 
 とはいえ、受けた処分は再び停職6ヶ月。免職よりマシとはいえ、これは社会人としてはとても厳しい処分です。なぜなら、半年間賃金ゼロでボーナスもない。年収は200万円以下。

 禰津さんはこの停職6か月は行き過ぎであると、裁判に訴えていたのですが、地裁では負け、今回の高裁で勝訴を手にしました。

 今回の判決は、根津さんと河原井さんへの「処分取り消し。10万円の賠償を都教委に課す」という内容です。


●教師の立場に配慮した判決

 今回の判決で評価されるべきは、裁判長が、都教委から処分を受ける教員が置かれる状況への配慮があったことです。
 こう書かれています。

 イ.都教委の標準処分量定を体罰の事案についてみると、「体罰の回数に応じて機械的に一律に処分を加重していくという運用はしていない。」ウ.しかし、「君が代」不起立については機械的な運用をしている。
 ②「ついには免職処分を受けざるを得ない事態に至って、自己の歴史観や世界観を含む思想等により忠実であ
ろうとする教員にとっては、自らの思想や信条を捨てるか、それとも教職員としての身分を捨てるかの二者択
一の選択を迫られることとなり、…日本国憲法が保障している個人としての思想及び良心の自由に対する実質
的な侵害につながる」

 これは、最高裁でも覆せない内容ではないのかと個人的には思います。

●教師も闘うべし

 私は根津さんと河原井さんを幾度が取材しておりますが、根津さんの言葉で覚えているのは以下のことです。

「たった40秒の君が代斉唱を拒む理由はないじゃないかとよく言われます。でも、私はすでに、日の丸と君が代に嫌悪感を抱いているアジアの人がいることを知っています。私はNOを貫きたい。もちろん、処分が厳しいから、不起立したくてもできない先生もたくさんいます。少なくとも、自分の頭で考えて結論を出してほしい。悩んで悩んで考えた結果、起立するのであればそれはそれで評価したい。一番よくないのは、自分で考えもせず、機械的に命令に従うことです。もし、今、NOと思っているのにNOを言えなかったら、機械的に従っていたら、日本が戦争になる国になったとき、教え子たちが戦場に行かされることにもNOを言えなくなります」

 果たして、まさしく今、日本は戦争を起こそうという国になりつつありますが、いったいどれだけの教師が集団的自衛権の行使について真剣に考え、あるいは、NOを言っているのか? 下手すれば、今の子どもたちが大人になったときに、戦争に行かせられるかもしれない。今こそ、労働組合に入っている入っていないにかかわらず、多くの教師に声を上げてほしい。
 
 それにしても、自分は貫いてみるものです。闘ってみるものです。改めてそれを痛感しました。
 下記の「希望は生徒」は根津さんが書き下ろした自身の半生記です。ここに根津さんの信条がよく表れています。





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2015/05/31 22:01 抗う TB(0) コメント(0)
 昨日(4月10日)まで、4つの仕事を同時進行で進めていたため、睡眠時間も削らざるを得ず、ブログを書くこともかなわぬ生活が続いていました。
 本日、ようやく、仕事の二つが片付き、3つ目も9割がた終わり、4つ目も、締め切りが1週間伸びたため、少しだけ余裕が生まれました。
 どうしようかなと思って、引き受けた4つ目の仕事ですが、収入はわずかに増えるにせよ、やっぱり日常生活に全くのゆとりがなくなる生活はやっちゃいけないと後悔しています。とはいえ、その後悔を何度もしているのですが。
 でも、生活に余裕がなくなると、自由な発想や次の展開を練る時間がなくなるので、本当に、これでこんな無茶な仕事をするのは最後にします。


●統一地方選挙に山崎恵さんが出ていた。
 
 ところで、そうこうしているうちに、明日はもう統一地方選挙。
 今日のうちに書いておかねばならないのは、北海道議選に山崎恵さんが出馬していたことでした。

 山崎恵さんの半生は、私が今まで最も力を入れて書いたルポの一つです。
 私のホームページ(ここ2,3年まったく更新していませんが)、その記事があります。

 本ブログでも一度だけ書いています

 「半生」と言っても、私が山崎恵さんを取材したのは彼女が19歳の時。
 彼女が14歳のときに起こした裁判をそれに至るまでの経緯をひっくるめながらルポしてみました。

 大まかな話は以下の通りです。

 北海道留萌市。生まれつき車いす生活。その障がいゆえに、小学校の時は家族がつきそう通学や、教師が自宅を訪ねる訪問教育、特殊学級などで教育を受ける。だが、小学校高学年のとき、自分の意思とは関係なく「分けられている」ことに気付き、中学校進学にあたっては普通学級を希望する。
 市の教育委員会も「勝手に障害児学級に入れない」と約束しながら、中学校入学式で、突然、特種学級への編入が告げられる。約束が違うと、山崎さんは車いすを押して、普通学級に自主通学する。これを多くの教師は黙認し、同級生も受け入れた。だが中学校2年生から、自主通学を認めない方針を学校が出してから、教師たちは自主通学をする山崎さんに「出ろ!」と告げ、優しかった同級生たちも「出ろ!」と同調するようになる。
 殴られる、靴に画鋲を入れられる、車いすごと壁にぶつけられるなどのイジメが始まった。たった一人だけを除き、誰も助けない。教師ですらいじめを無視。
 障がい児の通学を巡る全国大会でも山崎さんは「学校は戦場だから、涙は血だから、私は泣かない」と報告していたが、実際に、泣かなかった。イジメに崩れそうになりながらも、徹底して無表情を通して耐えた。
 しかし、肝心の普通学級入りは支援者が力を尽くしても実現しない。最後に残されたのが裁判だった。だが、支援者が決めたのではなく、むしろ、イジメが増長することを怖れた親の反対もあったのに、山崎さんが提訴すると決めた。
 初めから負け裁判だった。ところが、裁判所が「校長の裁量権の逸脱を主張しないのか」と打診したことから流れが変わる。つまり、今回は、普通学級で十分に学べる知能のある山崎さんを入れなかったのは校長の裁量権の逸脱に当たるとの主張をすれば、裁判に勝てるとの道が開ける可能性が出てきた。
 支援者は色めき立つ。しかし、山崎さんは「それでは、私のように肢体不自由児は普通学級に入れても、知的障碍者は入れなくても当たり前との道筋を示すことになる」と、裁量権の逸脱を主張しないことにする。
 果たして裁判は負けた。だが、山崎さんは晴れ晴れとした顔でその判決を受け入れた。
 
 これが14歳の少女が経験したことだった。

●おかしいことにはおかしいと声を上げる
 
 その後、山崎さんは定時制高校に進学し、私は彼女が高校4年制のときに取材をしたのです。1日2~3時間の取材を条件に1週間通い、それでも足りない情報があったので、さらに10月に4日間ほど追加取材をしました。
 
 そして書いたルポは1997年に週刊金曜日ルポルタージュ大賞の佳作を受賞するのですが、直後に山崎さんは大学に進学。
 在学中に一度だけ再会しましたが、卒業後は、障がい者の自立支援をする団体などで働くなどの断片的な情報を知るだけになり、その後は疎遠になっていました。
 
 その山崎さんがいつの間にか36歳になり、議員に立候補とは私には知る由もありませんでした。

 インターネットでは、山崎さんは以下のように訴えています。

「障害を持って生まれ、車いすで生活している。障害のあるなしに関係なく地域でともに学び、ともに育つ取り組みを36年間続けてきた」

「基本的な生きる権利、社会保障が充実しなければ安定した生活は送れない。障害者、高齢者、社会でさまざまな困難な問題を抱える人、すべての人たちが地域のなかで保障され生活ができるよう道政で取り組んでいきたい」

 個人的には当選をしてほしいと思います。
 14歳のときから闘い続けている女性が、さらにハードルを上げてまた闘う。
 17年ぶりに取材をするか・・と今思い始めています。

 私は、当時19歳の少女からこれでもかといろいろと教わったのですが、今も忘れられない言葉を紹介します。

「障害とは、自分ができないことを周りの人が当たり前に手伝ってくれないこと」

「おかしいことにはおかしいと、声を上げる人があちこちで出てきたら、今の社会も少しずつ変わっていくはずです」
 

 今、山崎さんが願っていることとは真逆の社会に日本は突き進みつつあります。おかしいとは思っていても、ほとんど誰もが沈黙をしています。
 
 山崎さんが今後どう闘うのか。無視するわけにはいかなくなってきました。

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2015/04/11 23:56 抗う TB(0) コメント(0)
 11月22日を日本を出て、12月3日までマレーシアのボルネオ島サラワク州に滞在していました。これで26回目。

 サラワク州は1980年代には主に日本向けの木材伐採のため熱帯林が荒らされ、森にすむ数十万人の先住民族のなかには、伐採用道路を道路封鎖して闘ったことで、1990年前後には、日本でも新聞、テレビ、雑誌などが連日報道するほどの「熱帯林破壊報道ブーム」が起こったほどです。
 しかし、報道のない現在、その伐採が終わったのかと言えばそうではなく、むしろ、現地では状況は悪化の一途を辿っています。

 原則的にマレーシアでの森林伐採は、ある程度の太い木だけを切る「択伐」方式ですが、その伐採が終わった土地は、政府にすれば「用済み」の土地となり、90年代になると、森を「皆伐」して、ただ一種類だけの木、油ヤシ、を広大な面積で植えるプランテーションが始まりました。これは一カ所、最低でも3000ヘクタール(東京のJR環状線、山手線の内側面積の約半分)を切り開き、先住民の土地を収奪しているのです。
 そうやって作られた油ヤシから搾油されるパーム油の一部は「地球にやさしい」とのキャッチフレーズで、植物性の洗剤や石鹸などに加工されています。また、加工食品、冷凍食品、菓子類、外食店の揚げ油にも。

 今回の訪問の目的はまた別途書きますが、森の中を移動中、ある先住民の一群に遭遇しました。

 伐採。プランテーション。それら二つと比べても最悪と言えるダム開発がサラワクで今進んでいます。バラム川というサラワク州で2番目に長い川に計画されているバラムダムはもし完成すると、20の村を沈めます。
 サラワクでは過去の大規模ダム開発でも、沈められた村の村人たちは一カ所に移住を強いられるのですが、土地も狭く、農業もできない。しかも、あてがわれた家屋は補償の一環ではなくローンで返済しなければならない。

 こういった前例を知っているからこそ、絶対に村を守るんだと、バラムダムの工事現場に至る工事用道路の2カ所で今、あちこちの村から先住民が交代交代で集結し、共同住居を作り、道路封鎖をして、なんと11月末時点で402日間も工事をストップさせていました。

ダムを止めるぞ 402日間 ← 一枚目が道路封鎖現場近くに集う先住民の人々。だれかれとなく、農作業の合間合間で泊まり込みで工事用車両の進入を監視している。2枚目が、今日で何日間工事を中止させたかのカウンター。撮影時点で402日間。

 私はこれを見て、日本で言えば、辺野古を思い浮かべました。自分たちの土地を海を守りたいと思うのは世界のどこでもいっしょです。そして辺野古と共通するのは徹底した非暴力の抵抗運動であること。
 もしかしたら、いつの日か、警察による催涙ガス攻撃もあるかもしれません。それでも、自分の村は絶対になくさない。その決意の闘いです。

●リニアではどう闘う?

 現在取材しているリニア中央新幹線ですが、予定通り、来年秋に着工(鍬入れ)となったとき、沿線住民はどう闘うのか? それも考えました。工事用道路において、このような皆が寝泊りする簡易な宿泊施設を建て、監視活動を行うのか?  いや、日本では、工事認可を受け、立ち退きも終わり、土地の買収も終われば、着工は何ら違法ではないので、やはり、立退きや買収に応じないというのが、(後日の行政代執行があるにしても)、必要ではないのかと感じています。
 少なくとも、サラワク先住民族のように『本気で』『しつこく』『明るく』運動をすることには見習うべきものがあります。
 

●何のためのダム?

  サラワクでは現在、12の巨大ダムが計画されています(3つほどが完成)。つまり、単純計算でも100や200の先住民の村が沈むわけで、先住民族にすれば冗談ではない話です。
 では、何のためのダムなのかを検証しなければなりません。

 サラワクのダムは治水目的ではなく、発電目的です。
 その電気は、今、サラワク海岸部の中心にあるビンツルー市の工業地帯に送られています。
 
 名付けて「SCORE」(スコア。The Sarawak Corridor of Renewable Energy=サラワク再生可能エネルギー回廊)は、ダム発電の電力を利用して、企業を誘致して一大工業地帯を作ろうとするマレーシア連邦政府の目的の一つです。
 ここに投資することで、土地代リースや電気量が廉価になるなどの優遇策も用意されています。

 じつは、ここに日本企業も何社か進出しています。
 その一つ、T社は、太陽光パネルの多結晶シリコンを製造しています。

●「地球にやさしい」「環境にやさしい」と軽々しく言うな

 私はここで改めて考えてしまいます。「地球にやさしい」とはどういうことなのか?

 確かに、私は、太陽光パネルの普及は進んでほしいと思う。

 だが、「地球にやさしい」というのは、『生産』『流通』『消費』『廃棄』などのすべての過程を見渡して初めて断定できるものではないのか。

 たとえば、前述のパーム油利用の洗剤にしても、消費する私たちには確かに「やさしい」。
 しかし、熱帯林を何千ヘクタールも切り開き、先住民族の土地を奪い、最低賃金以下で労働者を働かせ、危険な農薬も使用するなどの生産現場の現実を見ると、とてもではないが、地球にやさしいとは言えないのが現状です。

 同様に、数十の村を沈め、立ち退きを拒否する数万人を立ち退かせて建設されたダムからの電気を使って、太陽光パネルの材料を作って、「地球にやさしい」「再生可能エネルギー」はないでしょう。

 「地球にやさしい」という言葉に浮ついているうちに、私たちは見知らぬ誰かを傷つけていないか。
 何をもって「地球にやさしい」というべきか。

 今回の旅では、ダム反対の先住民族と遭遇したことでそんなことを痛感したしだいです。

 簡単に「地球にやさしい」と言ってはいけない。

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2014/12/10 22:41 抗う TB(0) コメント(0)
●山崎恵さんの記事

 5月5日の東京新聞の第一面の連載記事「憲法と、」に目を引かれました。
 私がかつて取材した人が取り上げられていたからです。

 その人、山崎恵さんのことを書いたルポ「自分に嘘はつかない」は1998年の「第3回週刊金曜日ルポルタージュ大賞」の佳作を受賞するのですが、これは、私がこれまでのジャーナリスト生活でもっとも力を入れて書きあげたルポの一つです。
 全文はこちらで公開していますので、是非、お読みください。

 東京新聞の記事は、私のルポをそのまま短くしたような内容でしたが、私は、14歳の少女がいじめられても、さげすまれても自分を貫いたことに感銘し、取材を行なったのでした。

 内容は、車椅子生活の少女が、中学校の普通学級での学習を望んだのに、また、教育委員会も勝手にクラスを決めないと約束したのに、中学校の入学式当日に、突然、特殊学級(現在の特別支援学級)入りが告げられる。しかし、普通学級か特殊学級かを選ぶ権利は自分にあるはずだと、山崎さんは、主要5科目の授業参加が認められている普通学級にそれ以外の教科でも自主登校する。いじめも受ける。無視もされる。そして本件を裁判に持ち込むのですが、自分の意思を貫くため、敢えて敗訴の道を選ぶ・・というものです。


●何が何でも記事にしたい

 私が山崎さんに取材を申し込んだのは、彼女が定時制高校4年生のときでした。
 その年の6月に山崎さんの住む北海道留萌市に赴き、安ホテルを根城に、1週間山崎さん宅に通い、一日2~3時間の取材を行ないました。しかし、まだ材料が足りず、さらに10月にも4日間ほど追加取材を行ないました。

 私は、山崎さんのことは何が何でも記録に残そうと思っていました。
 なぜから、いわゆる「障害者」の話題は、タブーでもあるまいし、どの週刊誌でも扱ってくれないからです。だから、ルポルタージュ大賞で何が何でも賞を取って、誌面に出す。それを目指しました。

 山崎さんから聞いた話は信じられないことの連続でした。

 1年生のときは、主要5科目以外でも、その参加を黙認してくれる優しい先生もいた、支えてくれる友人もいた。だが、学校側は、手助けする友人たちに「山崎の車椅子を押すな。本人のためにならない」とその交流を絶ち、特殊学級を拒んだ以上、給食も、母親が職場を抜け出し、昼休みに自宅に舞い戻りほんの数分でのどに食べ物を流し込み、学校にとんぼ返りする毎日。2年生になると、授業参加の黙認は許されなくなり、たいていの教師が普通学級に自主登校する山崎さんに「山崎、出ろ!」と命令し、優しかった生徒たちもやがてそれに同調します。「山崎、出ろ!」
 そして、すさまじいイジメが始まります。山崎さんが動かせる指は右手の親指のみ。だのに、落とされたら取りにくい下敷を落とされ、靴の中には画鋲を入れられ、車椅子ごと壁に放り出される。山崎さんに最後まで寄り添ったのは他クラスの女子一人だけとなりました。
 山崎さんは、障害者が普通学級で学べることを目指す組織の大会で「学校は戦場だから、涙は血だから、私は泣かない」と発言しています。
 どんないじめにあっても山崎さんは泣き崩れないことで自分自身を保ちました。
 ただし、泣かない代わりに、学校では一切の喜怒哀楽も表現しなくなりました。いじめにあっても、一切無表情で通したのです。これがさらに周囲には「変わっているヤツだ」との印象を与え、山崎さんは疎外されていきます。

 そして、2年生のとき、14歳で山崎さんは裁判に打って出ます。「教育を受ける権利は私にある。教育委員会や校長が決めるのではない」と。
 もちろん、これは初めから勝つ見込みのない負け裁判でした。
 ただ、山崎さんにしてもご両親にしても、こんな歪なことが学校で起こっていることを世間に訴えたかったのです。


●負けを選ぶ

 しかし、この負け裁判に勝機が現れる。裁判長が「裁量権で争わないのか」と打診してきたのです。

 つまり、子どもをどの学級に入れるのかの裁量権は校長にあるが、それでも今回はその裁量を大きく逸脱した・・と訴えれば勝てるとの打診だと、弁護士も、支援者も、本人も受け取りました。

 山崎さんのイジメを知っている支援者や親は「それで闘おう」と気勢を上げます。
 しかし、山崎さんは悩んだ末に、結局、裁量権で争うことを放棄します。なぜなら、校長の裁量権を認めると、自分のような肢体不自由児は普通学級に入れても、知的障害児は入れないのではと予測したからです。

「裁量権で争わないことにします」

 裁判所で山崎さんはこう宣言して、果たして、判決は「敗訴」。
 しかし、直後の記者会見で山崎さんはニコニコの笑顔で登場します。自分を貫いたのだと。

 山崎さんは、高校は地元の定時制高校に進学。ここでは、普通学級で当たり前に学べました。「本人のために」と特殊学級入りを強制しようとした中学校と教育委員会。そして、普通に学べた高校時代。

 いったい何が違ったのか?
 高校では、山崎さんのために車椅子用のスロープが用意されたり、家庭科の料理実習でも、高さの調整できる料理台が用意されていました。

 山崎さんは「障害」をこう定義しますーー「障害とは、自分ができないことを周りが当たり前に手伝ってくれないこと」
 
 この言葉は、今も私の脳裏を離れません。周りが当たり前に手伝えば、障害者は差別も区別もされることなく、社会のなかで当たり前に生きていけるからです。

 さて、これはいつも書くことですが、私がこのルポを書いたのは、あくまでも自分を最後まで貫いた少女を描きたかったからであり、「障害児の普通学級入り」を勧めるためではありません。その逆でもありません。

 という断りを入れなければ、特別支援学級や養護学校にお子さんを通わせているご家族からは、このルポは、「特別支援学級に通学させている自分たちは間違っているのか」と勘違いされがちなのです。
 そうではありません。普通学級か特別支援学級のどちらに入れるかは、あくまでも本人とご家族の判断だと思います。

 山崎さんの闘いは、まさしく、その選択の自由を求めたものでした。
 
 私だったらあそこまで闘えたか。それを自問自答させられた取材でした。

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2013/05/09 00:42 抗う TB(0) コメント(1)
 5月15日、土肥信雄元校長の高裁審が始まりました。
 14時半からの公判ということで、高裁に14時15分に着いたのですが、既に傍聴席の数以上の人たちが集まっていて、この日の公判を傍聴することはできませんでした。

 ただ、15時過ぎから、近くの弁護士会館での報告集会でその概要を知ることはできました。

 土肥元校長の第一声は「今日嬉しかったのは、(市村陽典)裁判長が僕の顔を見てくれたことです」。

 これは何を意味するかと言うと、地裁で、あとは判決文を書くというタイミングで、なぜか裁判長が人事異動してしまい、その代わりの裁判長となった古久保正人裁判長が、土肥元校長の最終陳述の間、とうとうただの一度も土肥元校長の顔を見ようとしなかったことがあったからです。

 この時点で土肥元校長は「嫌な予感がする」と感じていたのですが、本当にそうなりました。最低でも非常勤教員採用試験の不合格については損害賠償が認められると誰もが予想していたのが、東京都教育委員会の言い分をほぼすべて認める「全面敗訴」となったからです。

●最低最悪の判決

 この判決を、立正大学の浪本教授は「最低最悪の判決」と評しました。
 一つの理由として、原告の言い分が通らなかったというだけではなく、被告である都教委が主張していないことまでも、裁判所がわざわざ「助け舟」を出して理論補強していたからです。

 たとえば、都教委の教育委員を務めていた棋士の米長邦雄氏について、その思想を嫌っていた土肥元校長は、私的な飲み会の席で米長氏についての感想を冗談も交えながら話したところ、これが「都教委の教育委員を批判した」との密告で都教委に伝わり、土肥元校長は、都教委から「都立高校の管理職である校長にもかかわらず,教育委員の米長氏を批判するとは何事だ。発言の内容は全て米長氏及び都議にも知られている。今後このような発言をすると大変なことになる」と何度も指導を受けることになるのですが、

 東京地裁は、「上記各発言(私的な飲み会での)は、全く私的な場においてされたものともいえない」と、都教委自身が主張していないことを判決文に盛り込んだのです。

 判決文は、さらにこう続きます。

「本件判決発言等について投書によりその内容が都教委に伝えられ,その内容に都教委批判,教育委員批判が含まれていたことなどからすれば,(中略)学校の運営に関する指揮監督,指導助言を行う権限を有している都教委が,その事実確認をすること,そして,その発言内容が(中略)校長として不適切な発言であると指導することは(中略)服務監督権の範囲を逸脱するものとはいい難く,(中略)国賠法上違法な行為と評価することはできない」

 簡単に言えば、

 ★飲み会は私的な場ではなく公式な場とも言える → その公式の場での都教委批判について、都教委が指導するのは当然である → 原告の主張は認められない

 ということです。被告が主張していないことを裁判所がわざわざ主張する。これは、司法の逸脱ではないかと思います。


●業績評価問題への助け舟

 裁判での争点は9点ありましたが、その一つが「業績評価」に関わる問題です。

 2000年から、東京都の学校現場では「教員等人事考課制度」が始まりました。
 これは何かと言うと、校長と副校長が教師の「通信簿」をつけるという制度です。採点方式は「ABCD」の4段階の「絶対評価」。Aが良いで、Dが悪い(元々はSABCDの5段階)。

 ところが、校長が作ったこの結果は、都教委が最終的に「相対評価」に変換するという変な制度です。

 たとえば、教師100人がいるA高校で、S評価が40人、A評価が20人、Bが20人、CとDが10人ずつという結果が出ます。やはり教師100人いるB高校では、S評価が35人、A評価が35人、BとCとDが10人ずつという結果が出ます。等々で、その地区全体では、S評価が250人、A評価が200人、B評価が160人、C評価が50人、D評価が40人の計700人が評価を受けたとしましょう。

 これを、都教委は更に「上位」「中位」「下位」の3段階に相対評価するのです。その配分割合は、30対40対30。

 そこで上記のシミュレーションに当てはめると、700人のうち
上位は210人
中位は280人
下位は210人となります。

 となると、全体で250人いたS評価のうち40人が、中位に流れることになります。
 また、CとDを合わせても90人しかいないのだから、B評価(普通評価)160人のなかからじつに120人もが下位に流れることになります。

 いったい、絶対評価を相対評価に変えること自体が可能なことなのか?

 じつは、この制度が導入される直前、私はこれに関して都教委を取材したことがあります。以下、そのときの取材ノートから。


 3月17日、塚田あゆみ・人事部勤労課人事企画係長にインタビューをした。
――校長が下した絶対評価を、どうしたら相対評価に再評価できるのですか?
「ふたつの評価は目的が違うんです。絶対評価は、管理職が教員に助言・指導するためのもので、相対評価は、教育委員会が頑張った教員に適正な処遇を行うためのものです」
――しかし、絶対評価は学校単位で、相対評価は地区単位。その地区で、SやAの絶対評価が多かった場合、同じSでも下位にランクされる人が出てくるのでは・・。
「絶対評価をきちんとやっていれば、SやDだけに偏ることはないと考えます」
――労働省の調査によると、一般企業の人事部でも、『考課者訓練が不充分』という評価する側の能力不足が54%も指摘されています。まして、人事に素人の校長が適切な評価を下せるでしょうか?
「管理職への考課者訓練は、既に1月に1回実施し、6月と8月にも行います。年3回の訓練を毎年行いますから」
――組合は反対していますが・・。
「組合は、反対のスタンスをとるのが当然ですから。一般教員はそうではないと思います」
――つまり、教員へのアンケート調査をしたのですね?
「していませんが、都内に100人いる教育モニターへのアンケートでは7割が人事考課は必要と回答しています」
 15歳以上を対象に都が公募する、教育問題の意見をきくための制度である。期限は1年。
――人事考課制度はうまくいくと確信しているのですね?
「はい、今日の教育問題へのカンフル剤になります


 そして、カンフル剤とならなかったことは周知の通りですが、都教委は、この自らがしていた「絶対評価→相対評価」の作業を、今度は初めから、土肥元校長も含めた全校長に対して「CDを合わせて20%以上の相対評価をつけよ」と命じたわけです。
 しかし、数学的見地からしてもこれは無理な話なのですが、そこで登場するのが、上記の都教委職員の話にあるような

「絶対評価をきちんとやっていれば、SやDだけに偏ることはないと考えます」

 といった、「どこの学校でも同じ割合の相対評価になるはず」との理論です。これは数学的にありえない話です。

 そして今回、絶対評価で行うべき教員への業績評価を「CDについては20%以上を」との「相対評価」で命じられたことを土肥元校長は強く批判したわけです。なぜなら、CD合わせて例年6%くらいしかいない教員を無理やり20%以上いると評価するわけですから。
 
 ですから、土肥元校長はあくまでも、元々定められている「絶対評価」での提出しか行いませんでした。

 しかし、東京地裁は、

「都立学校の教職員全体において,(中略)バランスを考えて人事配置しているならば,各学校において,業績評価において著しい偏りが生じることは一般的には考え難い。さらに,業績評価制度は調整者(都教委)による相対評価が予定されていることからすれば,著しい評価の偏りは,上記相対評価を困難にすることが考えられる。これらのことからすれば,本件における校長の第一次評価権も前記したところからの制約を免れないのであって,最終的には教職員全体について適切な人事評価がされるという目的のために,都教育庁が校長の第一次評価(絶対評価)に対して一定の指導を行うことはそれが不合理なものといえない(後略)」

 と、これまた都教委が主張していないことをわざわざ理論補強して土肥元校長の訴えを退けているのです。


●報道機関への抑制?

 そして職業柄、私が疑問に思ったのが、判決文は、土肥校長がメディアを通じて自分の主張を伝えたことを批判していることです。

「ニュース23」「朝日新聞」「東京新聞」「原告の支援者のホームペー」等々で発言したことを

「短絡的な発言を外部に対して繰り返す行動もみられ,これらについて,原告の信念に基づく見解として,そのような意見を表明する自由があるとはいえるが,地方公務員(校長)としての原告の上記各言動について,都教委が本件不合格理由のとおり評価することは,その評価権者の裁量権の範囲を超えた不合理な評価ということはできない」

 と、取材に応じたこと自体を暗に批判しているのです。
 少なくとも日本では、「表現の自由」も「知る自由」も憲法で保障されているはず。
 だが、地方公務員だからといって取材を受けるのが誤りかのように述べるこの裁判長。何か意図があるのではと思わざるを得ない判決です。


●予断は許さないが

 どういう結果になるかは誰も予想できません。
 裁判長の印象は「可もなく不可もなく」とのこと。ただ、地裁の古久保裁判長よりはマシなようです。

 日の丸・君が代の強制に関する裁判では、今年の1月と2月に最高裁は「都教委による処分は『文書戒告』までが妥当。それ以上の減給、停職、免職は裁量の範囲外」と判断したのですが、考えてみれば、土肥元校長のように、定年退職後の60歳から5年間働ける非常勤教員の採用試験に不合格というのは、実質の「免職」でもあるわけです。

 この点を高裁がどう判断していくのか、見守っていきたいです。


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2012/05/20 23:21 抗う TB(1) コメント(0)
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